目的:硬蛋白質利用研究施設

設置目的

皮革研究施設は昭和44年(1969年)に次の目的をもって東京農工大学農学部内に独立の研究組織として設置された。

  • 皮革産業と革製品産業全体に対して学術的、技術的支援、ならびに人材育成に寄与しうる研究・教育を行うこと。
  • 東京工業試験所第7部が果たしてきた社会的機能(工業標準化の推進や社会的啓蒙活動など)を継承発展させること。
  • 原料皮が畜産と肉生産の副産物として重要な資源であるという見地に立って、その主成分である皮(硬)タンパク質資源の総合的高度利用をめざす研究・教育を行うこと。
  • 硬タンパク質の構造と機能の解析を通じて新しい生体系材料の開発と生物機能の解明およびこれらの利用に寄与する研究教育を行うこと。

設置後の活動分野の進展から、主として設置目的の3.と4.の発展をさらに推進するため、1976年に名称を現在の硬蛋白質利用研究施設に変更した。

研究開発戦略

本施設では、動物タンパク質のうち、硬蛋白質とこれに関連した生体高分子の生物学的機能と構造並びに物性の解析とその利用について研究を行っている。その研究対象は下記図に示すようにこれらのタンパク質の生合成に関与する遺伝子、細胞、組織、器官を含む広い分野にわたり、これらを通じて究極的には生体機能の制御と硬蛋白質の高度利用を目的としている。

本研究施設における研究開発の戦略

学問的背景

日本における皮革の生産は、1945年の終戦までは主に軍需用として国策と結び付けられていた。戦後民需が急速に成長するとともに、限られた種類の原料皮からの多品種少量生産方式と専門家した生産単位からなる産業構造が形成された。ここで産業支援のためと世界的な研究の流れの中で、次の課題にかんする研究推進が求められた。

a)原料問題:

日本の場合、最も重要な原料皮(牛皮)は海外からの輸入に頼っている。動物生産であるから当然品質性状の変動が大きい。そのうえ原皮は食肉生産プラントから副産物として産出されるわけであるから、輸入原皮の品質性状は産出国(代表的なのは米国)の肉生産の環境に左右されやすい。原皮の輸入国の皮革産業として適切な品質鑑別手法の確率が強く望まれた。これは日本だけでなく、原皮の輸入国に共通した問題である。

b)環境問題:

皮革産業は汚濁負荷の高い排液を排出する。排液処理および固形廃棄物処理の問題を解決するための総合的な技術開発研究が求められた。

c)副産物の高度利用:

皮革製造工程内での皮タンパク質の利用率は非常に低い。特に最も主要なタンパク質であるコラーゲンに関しても利用率が50%以下である。製品革になる層から分割した床皮は製革原料としては利用されないコラーゲン組織であり、この部分の高度利用は皮革産業の体質改善に役立つだけでなく、環境問題への対応としても重要な課題である。なぜなら床皮などのコラーゲン性副産物は適切な処理プロセスに入らない場合は廃棄物処理の対象となり、環境に一層の負荷を与えるからである。

d)硬タンパク質の特性解析と利用:

皮の主要タンパク質であるコラーゲン(真皮)、ケラチン(毛と表皮)、エラスチンなどは特異な分子構造をもち、硬タンパク質とよばれる。構造がユニークであることから、生物学的機能および一般的な理化学的性質において、他のタンパク質にはない特徴をもつと予測される。この種のタンパク質の特性解析は単に未利用資源の高度利用だけでなく、新しい生体高分子材料の開発と生物機能の解明に役立つと考えられる。世界的にも生体高分子分野の研究の重要性が認識されており、皮革に関連した研究がこの分野を包含することでより大きな発展性を期待できる。

以上の課題のうちa)〜c)は産業が現在当面している問題であり、d)は長期的な展望として取り組むべき問題である。いずれの課題も皮革と硬タンパク質に関して、国際的な視野と広域的な視野による研究体制が必要とされ、しかも関連する学問分野が広いことから、総合性のある本格的研究が可能な環境が存在する国立機関の中に専門的研究施設を設置することが望まれた。

産業政策的背景

我が国では1960年代から国の産業政策上で、経済発展の先導役を果たすべき基幹産業や自動車産業への傾斜策が採用された。しかし同時に皮革産業のような裾野産業も相応の発展体質をもつことは必要である。産業構造からみると、皮革産業は革製品産業(ここでは狭い意味で)のための原料供給部門であり、しかも皮革産業の産品は本質的に革製品産業以外の顧客をもてないという制約がある。つまりある意味では革製品産業の下請け部門であるともいえる。このため皮革産業は伝統的に技術的基盤が弱く、技術面で何らかの公的支援の必要性が高い。

一方、皮革産業の地域分布にかたよりがあり、主な産業中心は東京都、埼玉県、大阪府、兵庫県、和歌山県にある。このため皮革産業への公的技術支援は主に自治体試験機関が行っている。これは個々の企業への指導を効果的に行うには適しているが、広域的な問題を取り組むには不充分である。

皮革産業が必要とする技術支援の分野は、原料皮の問題、製品革の多品種少量生産と品質評価基準化への対応、副産物の処理と高度利用など、いずれも総合的で組織的、かつ長期的な取り組みが必要な基盤的技術分野であることから国レベルの基盤的研究開発による支援が必要であった。通商産業省の東京工業試験所第7部に皮革を担当する部門(2部門)があったが、国の産業政策上この部門が上記のような皮革産業の問題に対応することは不可能であった。このため、持続的な研究体制が可能であり、かつ広い分野の研究ユニットからの協力が得やすい環境内(すなわち統合性の強い国立大学の農学部内)に、皮革および関連分野に関する国立の研究機関の設置が望ましいことが認識された。